
(April 2026)
ここ最近は、自分の気持ちをブログ上で表現することは控えてきましたが、
ちょうど1年の半分が過ぎた区切りのタイミングでもあるので、せっかくだから、いつか変わってしまうかもしれない今の感情をここに書き残して置こうと思います。
スロバキアに来て 4年と数ヵ月が経った今、
はじめの頃に比べて生活もそれなりに形を変えてきました。
今年の最も大きな変化は、日本への一時帰国を除いては、
一度もスロバキアを出ていないこと。
もともとヨーロッパ旅行がしたくてここへ来たので、こんなことは今までで初めてです。
行き先や目的にもよりますが、ヨーロッパといえば春から夏にかけてがベストシーズンなのに、それを逃しているのは本当にもったいないなと感じるし、
半年以上どこにも出掛けていない自分のことを「旅人」とはもう呼べないと自覚しています。

旅に出なくなった代わりに、近くにいる人たちとの時間をゆっくり過ごせた半年でもありました。
旅を減らしたからこそ見えた日常の景色や、
ここでしかできない体験をたくさん楽しめたことは事実。
幸せな生活に感謝はしているのですが、それでもどこか喪失感というか、
旅が生活の中心としてまわっていたときの、あの特別な日々で得られていた感情を思い出せなくなってきているような…。

旅行に行くことは、単なる「娯楽」と捉える人がいることも理解はできます。
確かに旅行に行かなくても、ごはんが食べられなくなるわけではないし、住む場所を失うわけでもない、むしろ生きるために本当に必要になる資金を貯めることができる。
旅は贅沢品で、人生のプラスアルファとして楽しむものだという意見はごもっともかもしれません。

「旅をするために生きる」と言ったって、バックパッカーのように拠点を変えながら生きることを望んでいるわけではなく、「帰る場所」がほしい私は、結局は旅をしている時間は人生の中でほんの一部で、その残りの多くは日常を生きている。
非日常と日常を行ったり来たりすることがすきだから、「暮らすように旅をする」ことも私が目指している方向性とは少し違います。

別の家の庭でもときどき見かけます。
旅を仕事にできているわけでもないので、大切な人から(私のことを心配してくれているからこそ発してくれたのですが、)「旅行ばかりしていてもしょうがないでしょ、今集中しなければいけないことに目を向けたり、旅以外でもプライベートを楽しむ工夫をしてみたら?」と言われたとき、言葉に詰まってうまく言い返せなかった自分がいます。
(この言葉は、旅を否定したいから出てきたものではありません。むしろ、これまで10ヵ国以上を一緒に旅し、旅が私にとってどれほど大切なものかを誰よりも知っている人だからこそ、将来のことを思って伝えてくれた言葉でした。だからこそ、その一言は私の中に深く残りました。)
3年半以上続けてきた今の仕事は、ビザを維持し、生活を続けるために必要なものではあるけれど、特別なスキルが必要なものでもなければ、継続することで経験値が上がるような成長もなく、誇りに思えるものは何も持っていません。

それでも、空っぽの何もない自分でも、
旅をしているときだけは、その一瞬一瞬に集中できて、
絶景を目の前に満たされる気持ちになったり、
旅の準備にわくわくしたり、
旅が終わった後も写真を見ながら余韻に浸ったり、、、
「旅をすること」はその最中だけでなく、行き先を決めて計画を立てながらウキウキするところから、帰国後も何年経ってもずっと色褪せない思い出として、自分を幸せにしてくれる特別なものなんだと改めて気付かされました。

コロナ禍のように自由に旅ができない時代ではなく、今は飛行機に乗らなくてもバスや電車で気軽に国境を越えられる環境があります。
それでも半年間 旅に出なかったのは、最終的には私自身が選んだ結果でした。
この半年を振り返るにあたって、撮った写真を見返していたら、
写真が、私がここで過ごした日々を楽しんでいたことを証明してくれていました。


まるで日本にいるようなお弁当を作ってきてくださり、
美味しすぎてただただ感動しながら大切にいただきました。

ワインヤードにあるパブ(June 2026)

特にMaxikuと過ごせた日々は本当にかけがえのない時間で、
旅をすることでは得られない幸せをたくさん与えてもらってきました。





まだまだ元気で赤ちゃんみたい🐶
ライフステージが変わるにつれ、それまでと同じ生き方を貫くのは難しくなってきて、そのときの自分に必要なものを取捨選択しなくてはいけない瞬間が、生きている中でたびたび訪れるものだと思います。
半年間、旅することを中断してみて気付いたのは、どれだけ幸せな日常があっても、それでも私にとって「旅」は私でいるために必要なものだったということ。
『旅をしなくなったら、私じゃなくなる気がした。』
大袈裟かもしれないけれど、少なくとも今の私はそう感じていて、
自分を自分でいさせてくれる、大切な要素だとわかりました。

将来のことを考えずに、ふらふらとその日暮らしを続けられるような年齢でもありませんが、
2026年の残り半分は、本当はどう生きたいのか、これからどうしたいのかを自分自身に問いかけながら、一つずつ答えを見つけていきたいと思います。
長い長いひとりごとを 最後まで聞いてくださり、ありがとうございました。
貴重なお時間を割いて最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました ⸜( ´ ꒳ ` )⸝ ♡♥
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